今日は花の勉強会でした。
私のいけたものは古典的な 「原点」にしました。

花作家 森直子の 花のいのち 人のこころ-未設定



「因果の花知ること極めなるべし。
稽古するところの因おろそかなれば
果たすことなかれ。これをよくよく知るべし。」とあります。
これはなにかというと、
美しくなるにはどうしたらよいか。
「基本をしっかりする」ということです。
・なにげないことの繰り返し
・平凡なものを非凡に変える、どこにでもあるものをさりげなく使う
・自然で素直に見える=(粋)
・深み=(味)
これが美しくなることへの道。
世阿弥の言葉に
「草木 色を忘れて味をしるべし」とあります。
ただの形あわせにならず、
生き生きと輝く姿が美しいのだ、ということ。
それを世阿弥は「失せざる花」とも言いました。
池坊のいけばなは「陰陽」を基本とし、
球体の空間(宇宙)にバランスをとりますが、
陰陽は花律でもあり、
陰陽(例えば、長短、過密、など対比)を出逢わせます。
そこには必ず必然性があります。
花は人、人は花なので、わかりやすい例えです。
世阿弥はまた
「無技巧の技巧が最高の技巧
」
とも言っています。
感動は大切。
しかしそれだけではない。
球体空間をうめるのではなく「気」がこもっていること。
その微妙な空間構成を「品」と呼んでいます。
そして「季節感」。
人生のリセットボタンであり「希望」を抱かせるものです。
それらをするには既成概念を忘れ、素直になることです。
「古の教え正しく挿す花は 咲きて誠の香りそ匂いける」
学ぶことは、浅くから深くなる道であり、
学び続けることは、
自然と「慢心」できなくなること。
池坊いけばなの礼儀作法の基本は「心が通じ合う」こと。
聖徳太子が起源の池坊いけばなの原点は
「和の精神」
「他をいかして共に生きる」
これからまたいけ直し、復習です(^-^)
がんばろう!

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